戦艦日向

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戦艦日向

戦艦日向

1、 建造
戦艦「日向」は、扶桑型戦艦の4番艦として計画されていましたが、「伊勢」と同じく設計の見直しを行い、伊勢型(改扶桑型とも言われる)戦艦として建造されました。起工は1915年5月6日、その後1917年1月27日に進水し、1918年4月30日に就役しました。

2、 性能、特徴
姉妹艦である「伊勢」とほぼ同じ、排水量8,872トン、全長219.62 m、全幅33.83 mであり、「伊勢」と見分けがつかない程そっくりであったと言われています。

3、戦歴
就役直後の1919年、演習中に第3砲塔が爆発したり、1924年に第4砲塔弾薬庫で火災発生、1942年には演習中に第5砲塔が爆発するなど、就役からしばらくはあまりよい出来事は無く、そのため開戦後も前線にでることは少なかったようです。
その後、ミッドウェー海戦後の航空戦力の補填のために「伊勢」と同じく「日向」も航空戦艦への改装が実施されました。ただし、航空戦艦とはいうものの、搭載予定だった偵察機「瑞雲」と爆撃機「彗星」の生産及びパイロットの補充が遅れたために、結局艦載機が無い航空戦艦という本末転倒な状態でレイテ沖海戦に実戦投入されることとなります。そのレイテ沖海戦では襲い掛かる米爆撃機巧みな操艦で見事に退けることに成功し、呉へと帰投することができました。
最後に従事した作戦は「北号作戦」という、ささやかな輸送任務でした。飛行甲板上に物資を積み、呉に持ち帰るという任務は、大成功を収めたものの、とても戦艦が行う任務とは言えず、当時の日本海軍の混乱ぶりを察することができる作戦と言えます。

4、末路
最後は「伊勢」や「榛名」と同じく、燃料欠乏により呉の港湾で浮き砲台になっていました。1945年7月の呉軍港空襲により大破、着底してしまい、終戦後の1947年に解体が完了して29年に及ぶ艦歴を閉じました。

5、その他
呉沖で大破着底した戦後の日向の様子は、米海軍がカラー映像で残しています。今でもyoutube等の動画サイトで見ることが可能であり、当時の戦火の激しさをうかがい知ることができます。