戦艦榛名

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戦艦榛名戦艦榛名

1、建造
戦艦「榛名」は、金剛型戦艦の3番艦であり、「霧島」と同時期に神戸の民間造船所で建造されました。起工は「霧島」より1日早い1912年3月16日、その後1913年12月14日に進水し、様々な事情で「霧島」と同じ1915年4月19日に就役しました。

2、性能、特徴
主要な艤装や性能は姉妹艦である「霧島」とほぼ同等であり、度重なる改装によって高速の30ノットで航行できる高速戦艦として活躍することとなります。

3、戦歴
太平洋戦争開戦時は、「金剛」とともに南方作戦支援に従事しました。比島上陸作戦・蘭印攻略作戦などを支援した後に、1942年2月南雲機動部隊と合流。金剛型戦艦4隻が揃ってインド洋作戦に従事することとなります。その後のミッドウェー海戦では空母機動部隊の護衛を務めるも、米軍の攻撃から空母を守ることはできず、空母4 隻が失われてしまうという悲惨な結果となりました。
ミッドウェー海戦後は、ガダルカナル島への砲撃、マリアナ沖海戦、レイテ沖海戦と、日本の戦艦の中では屈指の活躍を見せることとなります。

4、末路
しかし、その後の戦局の悪化に伴い、戦艦を運用するだけの燃料がないという理由で、1945年からは戦艦「伊勢」や「日向」とともに呉の江田島に係留され、浮砲台となってしまいます。既に戦艦としての役目を果たすこともできず、ただの砲台(しかも航空機を撃墜するだけの装備もほぼ無い状態)としての最後でした。幾度となく空襲が行われる中、ついに1945年7月28日の空襲で大破着底しますが、戦闘能力はまだ生きている状態で終戦を迎えます。なお、終戦後は解体され、復興のための資材となったそうです。

5、その他
最後は浮き砲台となるしかなかった「榛名」ですが、大した航空機撃墜能力を持たない戦艦を浮き砲台にしたところでいい的にしかならないことは当時の司令部でもわかっていたはずですが、それだけ資源不足が深刻だったのでしょう。その後日本復興の資材を提供する役割を担うことができたことが唯一の救いといえるかもしれません。