200系新幹線で知っておきたい5つのこと

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200系新幹線

200系新幹線は、昭和52年(1982)の東北新幹線(大宮〜盛岡間)と上越新幹線(大宮〜新潟間)の開業に合わせて開発され営業運転を開始しました。それまで、新幹線は東京から西に向かって伸びていきましたが、これ以降、新幹線は東京よりも北に向かって伸びていくことになります。

 

1、実は100系よりも200系の方が早くデビューしました。

東海道。山陽新幹線の初代新幹線である0系の後継車は100系ですが、この100系のデビューは昭和60年(1985)年です。ところが200系は、100系よりも3年前(昭和52年(1982))に営業運転を開始しています。番号順でいうと、0系→100系→200系の順で登場していそうですが、0系→200系→100系と100系と200系のデビューの順番が逆になってしまっています。

この理由としては、100の位が奇数である系は東北・山陽新幹線系統に用いて、100の位が偶数の系は東北・上越系統に用いるとされていたためです。
 

2、200系が登場したので、初代新幹線に0系の名前が付けられました。

200系が登場するまで、初代新幹線に付けられている0系という名前はありませんでした。200系が登場したことにより、それと区別するために0系という名前が付けられました。この時にまだ100系はデビューしていませんでしたが、0系の後継新幹線として東海道・山陽新幹線用に予定されていました。
 

3、勾配や積雪にも対応しています。

東北新幹線や上越新幹線は区間内に勾配や積雪があり、それらの対応が重要になってきます。勾配に対しては、車両モーターの出力が230キロワットというハイパワーの車両(MT201形)が採用されました。これは、東海道・山陽新幹線0系の185キロワットを超えるもので、勾配も楽々乗り越えていけました。

また、寒冷地を運転するためにボディマウント構造が採用されました。これは車体の裾を完全に覆って車体の下にある機器に雪が入らないように防御するものです。また、これと同時に除雪機能があるスノーブラウが用いられていました。
 

4、緑色のデザインが採用され、北国の新緑を表しています。

車体のベースの色は、0系と同じアイボリーホワイトですが、窓と裾の色が0系のブルーからダークグリーン(深緑)に変わりました。このダークグリーンは北国で雪解けの後に、寒々とした葉のない木が新緑になっていく様子を表しています。
 

5、2階建車両も導入されました。

東海道・山陽新幹線の100系にはすでに導入されていた2階建車両でしたが、200系が初めて登場してから8年後の平成2年(1990年)6月には、200系にも2階建車両も導入されました。249形式はグリーン車と普通車の組み合わせで、248形式はグリーン車、カフェテリア車の組み合わせでした。